音楽アーティストについては結果がなぜかそこに収束した
音楽は個人によって演歌や歌謡曲、ニューミュージックやジャズ、ラテンなど色々な分野から何かを契機として聞き始められることが多いものです。
作詞家や作曲家の先生に曲を提供してもらって歌う歌手とか、それとは別にシンガーソングライターと呼ばれる立場で自分で作曲して自ら歌うというタイプのアーチストも1970年代頃から次第に多くなって来ています。歌も歌え楽器もこなすということでその魅力は一段と高いものになっていて、世間で売れる曲にまでに持って行くにはそれにプラスして編曲者やプロデューサーという立場の人たちが加わることになります。つまり自然発生的に成長して来たアーチストの場合には音楽的に売れるための気づかない要素などがチェックされる必要がありますし、工夫する作業も大切になって来るものです。
例えば演歌や歌謡曲の歌手をアメリカで売り出そうとした場合にはそこで通用するような要素を盛り込む必要があり、これには世界共通の要素というものがあれば通じると考えがちですが、実際には無理な場合も多いものです。過去には例外的に米国において日本人歌手が有名になったことがあったと思われますが、これは例えば担当した作曲家がジャズに通じていたということも大いに関係していたと思われます。
ジャズから最初音楽に興味を持ち始めるということも多いものです。その結果日本人音楽アーティストに最終的に収束した場合にはおそらく原因として考えられることは普遍性を持つ音楽として一致したと考えられるものです。
アーチストのメロデイの作曲法とか歌詞の内容やリズム感、声質の魅力とか色々な要素が関係して来るものです。
この音楽アーティストの編曲を担当していた人物は米国の有名なグループに編曲を提供して演奏依頼を行った経緯があり、そこには音楽性で相通じるものがあると判断されます。とかく日本人は感情表現に重点が置かれがちですがそこにはそれとは違って説得力のある理論というものが存在していたと考えられます。これは今となってはなかなか見つからない人材で、今後このような編曲家が誕生することで音楽アーティストと一体化された普遍性を持った音楽が誕生する可能性も持つと考えられています。
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