国民的音楽アーティストGLAYというバンド

GLAYは日本を代表する音楽アーティストです。1994年にメジャーデビューを果たし、今なお多くの人に愛されるロックバンドです。しかし、現在でこそ大人気で華やかな活動を行っているGLAYが世の中に認知されるまでとても苦労していたことはあまり知られていません。

GLAYは北海道函館市でボーカルのTERUとギターのTAKUROが高校生のときに結成されました。当時は現在のメンバーではなかったものの、地元ではとても人気がありアマチュアながらライブハウスではたくさんの観客を動員していました。高校時代TAKUROの友人だったHISASHIをメンバーに向かえ、東京へ向かいます。東京ではそれぞれ働きながらバンド活動を継続していましたが、当時は見た目が派手で音楽性も攻撃的でハードなバンドが人気だった時代です。

GLAYは80年代ロックが好きなメンバーが集まったバンドだったため、服装も音楽性も当時のミュージックシーンではなかなか受け入れられませんでした。なかなか芽が出ず、メンバーも脱退を繰り返してましたが、函館でGLAYの後輩バンドで活躍していたJIROが加わった現在のメンバーとなりました。仕事をしながらバンド活動をしていたメンバーですが、当然バンド活動には資金が必要で生活費を削っていたため、常にお金がない状態が続いていたといいます。TAKUROは食べるものが何もないときに、片栗粉にお湯をかけて食べたりしていたなど悲惨な状況だったことを告白しています。しかし、努力は報われるもので、当時絶大な人気を誇っていた、XのYOSIKIにスカウトされメジャーデビューを果たすことができました。

音楽アーティストは華やかな面が取り上げられるため、隠れた努力や苦労はあまり感じ取ることはできません。それは、多くの人に夢を与える立場であるため当然といえば当然なのかもしれません。しかし、苦労したからこそ現在があると考えながらGLAYの音楽を聴くと、さらに感慨深いものがあります。